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札幌高等裁判所 昭和25年(う)351号 判決

控訴人 被告人 佐々木健次郎

弁護人 木田茂晴

検察官 樋口直吉関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人の控訴趣意は別紙のとおりである。

第一点

釧路簡易裁判所裁判官今井巖が昭和二十四年六月十一日被告人に対し原判示第一の事実につき逮捕状を発し次いで同年六月十三日勾留状並びに本件全部につき捜索差押許可状を発布し乍ら本件第一回乃至第六回公判に関与の上証拠調等を為し原判決が右証拠調における証拠を引用して原判示事実を認定したことは洵に所論のとおりである。しかし刑事訴訟規則第百八十七条第一項但書によれば事件の審判に関与すべき裁判官は勾留に関する処分をすることができない旨を規定しているのであるが、同条第二項但書によれば急速を要する場合は右第一項但書の規定にかゝわらず自ら勾留処分を為し得る旨規定し、右第一項但書は右第二項但書と比照すれば事件の審判に関与すべき裁判官をして事件につき予断を懐かしめないよう第一回公判期日迄はなるべく勾留に関する処分をさせない趣旨の一種の訓示的規定とも解せられる。しかしてすでに最高裁判所判例(昭和二十五年四月十二日大法廷判決、判例集第四巻第四号五三五頁以下参照)も逮捕状を発し起訴前の勾留に関する処分に関与し且つ起訴後第一回公判期日までに保釈請求却下の決定をした裁判官が第一審の審理判決をした場合においてすら憲法第三十七条第一項の公平な裁判所の裁判でないとはいえないと言つているのであつて本件起訴前に勾留処分をした裁判官今井巖がその審理に関与した(第七回公判期日以後他の裁判官が関与し審理を更新し判決をした)との理由のみで其の訴訟手続が違法であると論断するを得ない。従つて該訴訟手続中に為された証人尋問の調書は其の証拠能力において欠くるところがないのであるから原判決が之を原判示事実認定の証拠に引用しても何等判決に支障を及ぼすものではなく論旨は理由がない。

第二点

原判示事実は原判決挙示の証拠により之を認むるに十分であつて記録を精査するも事実誤認を疑うに足る理由がない。弁護人の所論は独自の見解に立ち原審の専権に属する証拠の取捨価値判断を攻撃するものであつて論旨は理由がない。

第三点

本件記録に現われた犯行の回数、被害物件の価額其の他諸般の事情を参酌すれば原審が被告人に対し懲役二年の実刑を科したのは量刑不当とは言えない。論旨は採用に値しない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 猪股薫 判事 鈴木進)

弁護人の控訴趣意

第一点原審の訴訟手続きは起訴状一本主義に反した違法がある。

即ち原審公判手続きの第一回から第八回迄本件被告事件を審理した判事は釧路簡易裁判所裁判官今井巖であることは記録上明かである。然るに同判事は昭和二十四年六月十一日被告人に対して判示第一の事実に付いて逮捕状を発し同年六月十三日勾留状を発し被告人を勾留した。

又同年六月十三日本件事件全体に対して捜索差押許可状を出している。

之は明かに公判審理をする裁判官は予断を抱かせる一切の疑点を残してはならないとする新憲法、新刑事訴訟法の精神に反するものである。このことは刑事訴訟規則第百八十七条が明定して居るのであつて此原則は急速を要する場合又は同一の地にてその処分を請求すべき他の裁判所の裁判官のない場合に限られているのである。

而して本件は別段急速を要する事情があつた訳ではなく、又釧路地方裁判所には沢山の裁判官が居たのであるから釧路簡易裁判所の裁判官である今井巖が本件公判を担当する積りであつたら勾留に関する処分は之を為すべきではない。之をなした以上は公判手続きに関与すべきではない。

ところが勾留に関する処分をした裁判官今井巖が第一回から第八回迄の審理をして証拠調検証等の行為をしている。

従つて公判審理手続に関与すべきでない裁判官が関与して為した一切の審理は違法と言はざるを得ない。即ち之等の証拠調も違法であり無効である。

然るに原判決は此違法であり無効である裁判官今井巖の証人金沢平八、同石田菊太郎、同永徳次郎、同渡辺宣昭の尋問調書、第四回公判調書等を採用して被告人の本件犯罪事実を認定している。

即ちこれは訴訟手続に違法があつて其違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決は破毀すべきである。

第二点原判決は事実の誤認があり其誤認が判決に影響すること明かである。

(イ) 原審で被告人は本件犯罪は窃盗ではないと犯意を否認している。

(ロ) 第一の事実は昭和二十四年五月二十九日午後十一時頃釧路市桂恋沖合約十二浬の海上に施設してあつた金沢平八所有の鮭鱒流網四十二反半は窃取したのではなく、自己の漁船のスクリユーにまきついたから之を切つたのであつて其切つたものを窃取の意思なく持つて来たというのである。

事実は海上のことであるし真実にスクリユーにまきついたものを切り取つたとすればそれを抛置すれば漂流して了うことは明かである。

流網がスクリユーにまきついたことは証人永井徳次郎、渡辺宣昭によつて証明せられている。

然るに本件物件は金沢平八の所有であることそれが被告人が占有しているという事実から帰納して被告人に窃盗の犯意ありということを認めることは、普通人の為し得ざるところである。海上に於ける他の占有を侵害したのとは事情の異る場所、状態に於ける行動を占有離脱し占有したる事実からして此二つの関聯を推定帰納することは甚だ危険である。

従つて之はもつと多くの特別の証拠を必要とする。

然るに他には別段の証拠がない。

然らば原判決は事実の誤認があるものと言わねばならない。

(ハ) 原判決第二乃至第十二に於ける犯罪事実も総べて海上に於て行われたと認定されているのである。

海上は荒海のこともあろうし又トロール船によつて荒らされて海上の施設物が漂流することもあり得ることは本件記録でも明かになつている。

然るに本件被害物件が被告人の占有にあつたという事実でどうして被告人が之を窃取したと認定出来るか之は非常に大担な飛躍した認定であつて公平なる裁判官のすべき認定ではない。

即ち原判決は事実の誤認がある。

第三点以上の様な事情にあるのであるし本件被害物件が全部返還せられているのであるから本件に対し実刑を科したということは科刑重きに失すると言わなければならない。

依つて本件は破棄の上事実審理を為して執行猶予の判決をすべきである。

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